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2014/12/01

黄金の左腕を持つバンドネオン奏者 門奈 紀生

アルゼンチンタンゴの花形楽器、バンネオン。


日本人離れしたタンゴの感性に、本場アルゼンチンでもマスコミや観衆から「奇跡!」と驚嘆された演奏家がいる。 日本におけるバンドネオン先駆者のひとり、またあの小松 亮太の最初のバンドネオンの師として知られる 門奈 紀生である。

1940年東京生まれ。音楽を愛する家族の中で育ち、幼少期から兄弟や家族で童謡や唱歌、賛美歌などを歌ったり合奏したりする環境で成長する。タンゴとの出合いは中学3年生の時。転校してきたクラスメートから「タンゴクラブへ入らないか」と突然誘われ軽く承諾する。実は門奈氏この時「タンゴクラブ」は英単語か何かを覚える集まりなのだろうと思っていたのだとか。

その友人宅に招かれ薦められたLPを聴くと、ガルデル、プグリエーセ、カルロス・ディ・サルリ、フアン・ダリエンソなどタンゴの音楽だった。もともと音楽好きで、当時ブラスバンドでトランペットを演奏していた門奈氏は、初めて耳にする音楽、そして特にプグリエーセの弾く神秘的なバンドネオンの音色に強い印象を抱き、すっかりタンゴに取り憑かれてしまったのだそうだ。

以来、横浜のレコード喫茶にタンゴを聴きに通うようになり、21歳の時タンゴの演奏家になりたいと、バンドネオンを学び始める。基礎のまったく無い状態から、新宿のキャバレーで演奏していたタンゴバンドに出演しながら、独学で腕を磨き実力をあげてゆく。

その後「オルケスタ・ティピカ・ポルテニア」「ロス・タンゲーロス」「タンゴ・クリスタル」等の楽団で活躍。プロ活動を一時休止していたものの、復帰後1991年にはタンゴ普及とアーティスト育成の信念から自己の楽団アストロリコを結成。スペイン、アルゼンチンの海外公演においてアストロリコの情感豊かな演奏は、本場のマエストロ達から「斬新でしかも伝統の味も失わず、我々と同じ心で演奏している」と絶賛を博し、その結果初の日本代表として1995年のグラナダ国際タンゴフェスティバルに招聘出演を果たし、満場の拍手喝采を浴びた。

琴線にふれる情感豊かな演奏から「黄金の左腕を持つバンドネオン奏者」との異名を持ち、現在は演奏家としてだけではなく後進の育成、映画音楽プロデュース、TVやラジオ出演など多方面でその才能を発揮し高く評価されている。

そんな日本におけるバンドネオン先駆者のひとり門奈 紀生氏率いるアストロリコ四重奏が来年1月、桜タンゴフェスティバル 冬のサテライトイベントとしてコンサートを開催することが決定。今年結成23年、日本が世界に誇るタンゴ楽団の演奏をどうぞお楽しみに。

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桜タンゴフェスティバル 冬のサテライトイベント

ASTRORICO ~ アストロリコ四重奏タンゴコンサート
& タンゴパーティ― "スペシャルミロンガ"

■ とき: 2015年 1月 17日 (土)  
  第1部 コンサート:開場 19:00 ・ 開演 19:30
  第2部 タンゴパーティ「スペシャルミロンガ」:21:00~ (予定)
■ 会場: ダイニング・イベントスペース 「ティエンポ・ホール」 (アクセス)

■ 前売券: ¥3,500 / ¥3,000 (ティエンポ会員) 
■ コンサートのみ、またはスペシャルミロンガのみの前売券: ¥2,500
※ 入場時、別途ワンドリンクチケット¥500要購入。
http://www.tiempo.jp/evento/box/ev_150117.shtml

2014/10/16

左手のみで演奏する驚異のギタリスト その名はアンドレス•ゴドイ

左手のみでギターを演奏する。「どうやって?」と頭を傾げる方がほとんどではないでしょうか。


アンドレス・ゴドイ。チリ共和国、サン・アントニオ出身のギタリスト。本国チリだけでなく、特にヨーロッパで高い評価を得、また近年台湾のギターブランド「Naga Guitars」と契約し、中国を始めとするアジア圏でも積極的に活動を行っている。

左手のみでギターを弾くその独創的な演奏スタイルは観る者に衝撃を与える。しかし、世界中の音楽ファンを感動させているのは、左手のみというハンディを感じさせない演奏テクニックよりも、穏やかで優しいなかにも芯があり、心の奥深くにそっとタッチするようなアンドレスの世界観から創り出される音楽性、ミュージシャンとしての素晴らしい感性に他ならない。

「私の音の世界は、ポピュラー、クラシック、エスニック、ロック、私の感受性の弦に触れた全てのものを取り入れている」そう語るアンドレスの音楽は○○音楽とジャンル分けできない。彼の歩んできた人生が反映されているかのような音の世界はまさに唯一無二。


 
音楽、特にビートルズが好きだったアンドレス少年。
11歳のある日、祖父からギターをプレゼントされる。それからというもの、毎日部屋に籠ってギターの練習をしていた。
決して豊かではない家庭で育ち、当時は子供に早く職につき、家の家計を支えて欲しい、そう思う親が多いなか、アンドレスの家族は違った。
子の音楽へかける情熱を理解していたのか、才能を見抜いていたのか。はたまた音楽家になって家計を支えて欲しいという思いだったのか。家族もアンドレスの音楽家としての将来に期待していた。

イベントやパーティーなどで演奏する機会も増え、将来は音楽家に・・・と夢が膨らんでいたアンドレス14歳の時、不幸が襲った。
学業の傍ら働いてた仕事場で、粉砕機に腕を巻き込まれるという大事故に見舞われたのである。
右腕だけでなく、両足も骨折、背骨にも損傷を負う重体だった。一命は取り留めたものの、右腕を失い、ギタリストへの道が閉ざされたアンドレス。

「片腕だ」と周囲から差別を受け、絶望の淵に立たされていたアンドレスは部屋に引きこもるようになる。
そんな彼を救ったのは家族の愛だった。取り分け当時祖母が繰り返していた「Lo imposible es posible - 不可能なことも可能なのだ」という言葉はその後の彼の人生を大きく変えた。

アンドレスにトマトの皮を剥くよう指示をしたり、あえて紐付きのスニーカーを履かせたり。周りが腫れものでも触るかのように接していたなかで、普通の少年と同じように扱う厳しい祖母の態度に最初は癇癪さえ起していたそうだ。
しかし、やがて不可能だと思っていたことが少しずつできるようになっていった。例え人とやり方は違うとしても。。。

「ハンディを持っていても、自由に自分らしい人生を歩ませたい」
大きな愛の詰まった祖母の教えだったとアンドレスは当時を振り返る。
「もしかしたら、自分は周囲から手助けをしてもらわないと、何もできない人間になっていたかもしれない。
でも、自分にもう一度「自由」を与えてくれたのは、祖母のおかげ。
祖父母から学んだことは、後に学校や大学で学んだどんなことよりも、生きていくうえで役にたったんだ。」

事故から数年後、
「ギターは弾けなくなったけれど、将来せめて自分の子供にギターのコードだけでも教えたい」
ある日、そう思ったアンドレスは遠ざけていたギターに手を伸ばす。体でギターを支え、左手でコードを押さえる。すると他の指が弦にあたり、思わず音が響いた。強くしっかりとギターの弦の音色。
「また弾けるかもしれない」試行錯誤を重ね、遂に左手だけでギターを弾く奏法を確立する。今、世界的に認められている「TATAP (タタップ)」というテクニックだ。
演奏者としてだけでなく、今や「TATAP」奏法を指導するためヨーロッパ、アジア諸国で講演・指導も行うアンドレス・ゴドイ。

写真提供: http://www.andresgodoy.com/


「あの日の出来事は本当に悲劇だった。でも今の自分があるのはあの事故があったから。だから、今ではあの事故は天の恵みだったと心の底から思うんだ」

今年で60歳のギタリスト アンドレス・ゴドイ。
「まるでこれから人生が始まるような不思議な感覚なんだ」
と包みこむような優しさと、常に前に進もうとする強い意志を同居させた笑顔でインタビューのなかで語っていた。

彼の福岡での初ステージは人々に愛と感動と生きるパワーを与えるに違いない。

【参照】
- http://www.magazinlatino.se/archivos/cultura/andres-godoy-lo-imposible-es-posible.html

- https://www.youtube.com/watch?v=f2u9hQFVfrs
- https://www.youtube.com/watch?v=dhVnx9j-j9E


アンドレス・ゴドイ & 逆瀬川 剛史 アコースティックギター コンサート




■ とき: 2014年 11月 28日 (金)  開場 19:00 | 開演 19:30
■ 会場: ダイニング・イベントスペース 「ティエンポ・ホール」
■ 詳細は http://www.tiempo.jp/evento/box/ev_141128.shtml